平成28年熊本地震で風俗街も大打撃
震災直後の現地からリポート!!
震災直後の現地からリポート!!
4月14日に端を発し、熊本地方を中心に震度7以上2回を含め余震700回越えという大震災となった「平成28年熊本地震」。熊本県内では死者行方不明者多数、倒壊家屋もあり被害は甚大。その影響はもちろん風俗エリアにも。震災直後の熊本市内に入り、現場からリポート。
地面から水が漏れる下通アーケード。ここだけでなく、他数ヵ所で水漏れを確認した。深夜0時を越えて、人通りはまったくといっていいほどなかった。
未曾有の大地震が襲った市内中心部
インフラの完全復旧前でも営業店有り
記者が現地へ向かったのは本震の4月16日から二日後の4月18日。本誌熊本支局への救援物資とともに、福岡を17時ごろに出発。道中、玉名サービスエリアにてネクスコが配布する手作りの抜け道マップを入手。地震による通行止めにより、九州自動車道の熊本方面は植木ICが一旦の終点。その為に大渋滞が起こっており、避けたほうがよいとの事前情報はあったが、マップによる細かいルートの指示はありがたかった。植木IC手前の菊水ICから一般道へ。そして、玉名付近で渋滞に捕まったそのさなか、20時41分。あの警告音が鳴り響く。狭い車内で記者、同行者あわせて3名の携帯電話からの音が反響。一瞬にして会話が止まり、緊張が走る。そしてグラリときた。体感は震度3程度か。揺れが収まって後、熊本市内中心部ではいかほどかとネットをチェックすれば、震度5の表示。揺れの恐怖とともに、これから向かう先での大きな震度は、不安を掻き立てるのに十分すぎるほどだった。地震による地すべりを警戒して、山道ルートを避け海岸線をひた走り熊本市内へ。市内中心部に到着したのは23時過ぎ。福岡を出て実に6時間以上が経っていた。インフラの完全復旧前でも営業店有り
ほぼゴーストタウンと化した
風俗街のネオンはほとんど皆無
結論から述べると、街で営業を確認できたのはソープ・ヘルス6軒、キャバクラ1軒。着いた直後の街の様子は街灯が復活していたこともあり、普段と変わらぬ灯の明るさがある。しかし、風俗エリア・中央街でのネオンの量は圧倒的に少ない。人の行き来はほとんどなく、閑散というよりはほぼゴーストタウンの様相だった。半壊しているお店、外壁がはがれているビルなど、暗くとも地震の大きさを物語るシーンが見受けられる。それでも、ごく一部が営業しており、異様に目立つ。普段なら気付かないが、単体で光る姿はかなりまばゆい。風俗街のネオンはほとんど皆無
訪ねた現在休業中の某ソープランド店長は、「水はいいんだけど、ガスがねぇ。特に初回の揺れの後は漏れがひどかったのか、街中がガスくさくってたまらなかったよ。安全点検が終わるまでは使えないから、再開の目処はガス会社に聞いて」という。お店は4月14日の1回目の地震直後に営業をストップ。翌金曜日はお休みし、土曜日から再開との目論見も、金曜深夜の本震でなにもかもが崩れたという。また、あるヘルスでは14日の初回地震後スグにサービスを中止し、お客、女の子をマニュアルに沿ってトラブルなく避難させたとか。このマニュアルは関東の系列店が東日本大震災の体験を基に作成したもの。5年前の教訓が活かされたカタチとなった。避難の際に一部プレイ代の返金も行ったというが、中にはその受付をすっ飛ばし、着の身着のまま出ていったお客もいたという。
地下水利用と重油設備が揃う
一部店舗だけ営業再開可能に
水道、ガスは1回目の地震直後からストップし、本稿執筆時においても復旧はしていない。その状況下で営業を再開できるお店、特にソープランドに関しては温水を出せるか否かが大きく関わる。熊本市内は古くから地下水が潤沢で、都市部であってもエリアによっては地下水が利用できる。地下水を利用できれば水道ストップも関係なく、またガスの供給が止まっても設備によっては重油、プロパンガスを使用しお湯を沸かすことが可能。その二つをクリアしたお店だけが再開できたのだ。本震後は、早くて月曜には営業しているお店もあったという。ただ、水道も完全な断水ではないのか、チョロチョロと流れるごく少量を根気よく溜め営業にこぎつけたり、温水をあきらめ、おしぼりだけで体を拭くピンサロスタイルへサービスを変え営業しているお店もあった。記者が熊本入りした18日に営業を確認できた店舗型の性風俗店は全部で6軒。ただ、そのうち数軒は系列店1店舗だけが営業し、そのほか店舗ではスタッフのみの受付。来客を、実働しているお店へ誘導するだけのオープンだった。営業しているお店に共通しているのは、とにかく客足に満足していたということ。「お風呂に入りたいから、ついでに」など、お店に入る際にスタッフへ申し訳なさそうに一言伝えたというお客の心理も理解できる。一部店舗だけ営業再開可能に
飲み屋エリアでも被害甚大
テナントビル前に大量のゴミ
テナントビル前に大量のゴミ
店頭に無造作に放置されたマット。地震の影響かどうかは定かではない…。
飲み屋エリアへ出向くと、中央街同様に人出は皆無。まばゆいばかりなのは一部案内所のみ。お店の看板は光っていても営業はなし、入り口に崩れた壁の一部があったりで、震災直後から時間が止まっているかのよう。あらかた街の瓦礫撤去などは進んでいるようだが、お店内部の大掃除のあとか大量のゴミがテナントビル前に出され、そこは放置状態。先ほどの、風俗エリアでは店頭に破損したプレイ用マットが放置されていたお店も。 キャバクラの営業は商魂たくましい1軒のみが確認できたが、翌0時過ぎに入ってみようとした際にはすでに閉店していた。ほとんど営業再開ができないキャバクラの中で、昼間は休憩場所としてお店を開放し救援物資の提供を行うお店もあるという。その後、街中近くの避難所へ移動。キャバ嬢の派遣も行う顔見知りの派遣会社社長を見舞う。彼が言うには、「前にいた避難所では2日間でパン1個だけの配給だった。ここは天国」とのこと。その社長が学校の下駄箱で寝泊りしていることを考えると、避難所生活の過酷さが伺えた。「キャバクラはほとんど営業できる状態じゃないよ。なんさん店内グチャグチャってお店がほとんどだし、酒屋も配達できないしで、お酒がない。こんだけ余震が続けば清掃もまともにできないしね。あと、意外と重要なのが音響。これがあるのとないのとでは雰囲気が違うからね。ほとんどのお店でやられてるらしいよ」という。派遣先からも営業再開に関する問い合わせは皆無とも。店舗内設備だけの問題ではない
女の子の心のケアも大きな課題
お店設備もさることながら、風俗店、キャバクラともに女の子の心のケアも再開には大きくかかわる。前向きに頑張れる子は一部で、ほとんどが地震のショックから連絡が途絶える、ついてもそれどころでないと答えるとか。家に帰れない子はもちろん、避難所を利用する子には「家に帰りたくない」との理由で滞在している子も多いという。「またあの瞬間をひとりで感じるのは絶対にイヤ」とはデリヘル勤務のTちゃん。彼女のように避難所へ移動した子では、「ここを離れたくない」と出勤に不安を語る子も多く、お店が整えばスグにでも100%再開とはいかない状況だという。また、家族と避難している子にもその流れは顕著で、「ここから動かないでと言われたら、なかなか出れないです」と、申し訳なさそうに伝えてきた子もいたとも。お店担当者も、「こればっかりはこまめに連絡をとり、気長に待つしかないですね」と、肩を落とす。また、不安を感じる子の多くが口にするのは、「熊本城が崩れたのが1番こたえた」「あそこが壊れたら、熊本には何もない」など、熊本城の心配や崩壊でのショックだったという。熊本の象徴ともいえる建造物への被害は、多くの県民の心にダメージを与えている。女の子の心のケアも大きな課題
通常片道30分の距離が2時間に
郊外エリアへお客を誘導後に派遣
避難所から市北部へ移動し、あるデリヘルの店長を訪ねた。「ココは自前の避難所として間借りしているんです。お風呂も食料も確保できたから、他の避難所で苦労している女の子を呼びました」と、店長。特に女の子にウケがよかったのがお風呂。「地震初日でも営業をやめずにお店ブログを更新してたら、営業電話も求人電話もひっきりなしでした。で、女の子からは『お風呂に入れますか?』って問い合わせが多くて、入れるのがわかると他のお店の子だったけどコッチに移店するってなった」とか。初回の地震直後は避難所まで迎えに行き、営業していたのが、自前の避難所を用意してからはスムーズに対応できるようになったとも。ただ、まだ市内中心部はホテルが稼動していなく、派遣は無理。なので対応できたのは植木、玉名、山鹿、など比較的震災の影響が少ないエリアからの注文だけ。車を持つお客には、ホテル稼動エリアに誘導してから派遣していたという。植木エリアの派遣は通常30分程度が震災の渋滞で2時間に。往復すればほぼ半日が潰れるため、1度派遣するとあとはエリアに滞在し、逆にお客を誘導という流れが自然とできたとか。また、注文の中には「外で、できますか?」「避難所でも大丈夫ですか?」と、無理難題も多く苦慮したとのこと。そんな中、別で訪れたデリヘルでは、「車中でプレイOKにして料金を安くしたら鳴りまくった」との話も。先ほどと同様の要望がひっきりなしで、ならば条件をつけて対応しようとなり、のれんありの駐車場など、他から隠れる場所のみOKということで受付。対応してくれた女の子はほぼ休みなく稼動したという。「衛生面を考えてゴムフェラにした。いつもだったら不満が出そうだけど、特にクレームはなかったよ」とか。この2軒以外にも、営業再開するお店はあったが、サイトでの更新情報と実際の受付でズレがあり、この日電話応対を確認できたのは10軒程度だった。中でも待ち時間は概ね長時間を伝えられ、車の所持の確認とエリアの移動を促された。郊外エリアへお客を誘導後に派遣
帰れるのに帰れない人々も多数避難
精神的なダメージで働けない女の子も
精神的なダメージで働けない女の子も
熊本城の石垣が崩れ、倒壊した神社。城周辺は進入禁止のエリアが多い
崩れた石垣、全壊した家屋、隆起した国道、通行止めのアーケード、車中泊で溢れる駐車場―。地震の爪痕は街のいたるところで残されている。本稿執筆時も余震の続報が続き、収束への気配は予断を許さない状況だ。前出派遣会社社長は、「メンタルがやられていくのが自分でもわかる」という。気丈な社長でも長く続く避難所生活は心身ともに弱らせていく。でも、だからこそそんなときに求められるのが、心も体も癒される風俗産業ではないか。この業界のいち早い復旧は、そのまま街の復興につながると本誌は強く信じています。がんばろう、熊本!
被災者が語る避難所の実態
食料からトイレ事情まで
場所により存在する格差
場所により存在する格差
トイレ事情も悲惨。「水がストップしているからペットボトルの水で流すしかない。でも少量だから、正直流れないよ。しかも、大人数で集中して使用するから臭いもスゴイ。ガマンのレベルじゃなかったね」。大が流れず積み重なった和式便器では、し ゃがめば肌につくぐらい盛り上がっていたとか。その後、親族とのLINEでのやり取りで情報を入手。「とにかく食い物が豊富だということで今の避難所へ移動した。SNSはデマばっかりで、行政からもまともな案内は届かないし、自力しかなかった」。車などの移動手段がなければそれも無理な話。「わかっていても動けない、待つだけの人たちはもっと悲惨。移ってきてわかったけど、場所によってのギャップがすごい。ここじゃ、食料が余ってるんだもん」。かたやおにぎり1個に行列ができ、かたや配っても備蓄十分。トイレもプールの水が汲め、ここでは流すことができたという。
下駄箱での寝起きも天国に思えるほどの惨状を体感した社長。「ただ、ここも明後日には出なきゃ。小学校が再開するとかで。かわりの場所の案内もないし、どうするかなぁ」。家に帰るのは怖くてできないと嘆く彼の顔色は、夜でもそれとわかるほど青白かった。
[月刊マンゾク九州2016年7月号掲載]